第5回シンポジウム「〈手紙〉としての「物語」」

第5回シンポジウム「〈手紙〉としての「物語」」

黒田俊太郎「書物としての『透谷全集』―「透谷子漫録摘集」載録の意味と影響」
三浦卓「〈手紙〉としてのもうひとつの「物語」―川端康成「波千鳥」の〈手紙〉」
天野知幸「〈手紙〉はどこに届いたか―鴻上尚史「スナフキンの手紙」」

司会:杉山欣也


○内容紹介
 今回のテーマは〈手紙〉という「物語」です。このタイトルには、様々な側面を持つ〈手紙〉という複合的な問題領域を改めて対象化することで、細分化された文学研究を問い直したいという今回のシンポジウムの意図が込められています。現在の文学研究においては、〈手紙〉を実体的な資料、証言として捉える視点、小説表現における方法、形式として捉える視点、制度的ジャンルとして捉える視点、そして「日本文学」の伝統的言説形態として捉える視点など、その視点は多様かつ非統一的であると言えるでしょう。個々の方法論に基づく〈手紙〉の恣意的な使用の羅列という段階から、複合的な問題領域を統合できる段階にまで、議論を深化させる必要があると考えています。ただ、今回のシンポジウムでは、それらの様々の視点を一元化するというつもりは全くありません。逆に、〈手紙〉という領域をめぐるそのようなカオス的現状こそに実践的な可能性が存在しているという考えのもと、様々な視線をそこで交錯させることを目指します。今回、〈手紙〉というテーマをそれぞれの方法論で追求した3人のパネラーによる発表と、参加者全員による討論によって、〈手紙〉という問題系の輪郭を浮き上がらせたいと考えております。

○発表要旨
黒田俊太郎「書物としての『透谷全集』―「透谷子漫録摘集」載録の意味と影響」
 一九〇二(明治三五)年一〇月一日、星野天知編集による『透谷全集』全一冊が文武堂より発行され、博文館から発売された。一八九四(明治二七)年、北村透谷は二五歳四ヵ月で自殺しているが、その死の約五ヶ月後の一〇月八日に島崎藤村編の『透谷集』が文学界雑誌社から発行されている。しかし、この『透谷集』は「女学雑誌」や「文学界雑誌」などに載録されたテクストを集めたものにすぎず、いわゆる「個人全集」という体裁をとるものではなかった。その点、『透谷全集』は、北村透谷という作家の「個人全集」としての位置を企図して編纂された初の書物であった。
 この『透谷全集』は、「透谷子漫録摘集」として透谷の「漫録」を載録しているが、この「漫録」(=随筆)として一括して表象された諸テクストは、透谷の「日記」や「手紙」であった。ここに見られる、「日記」や「手紙」といった〈私的〉テクストの「個人全集」への載録という事態は『透谷全集』を嚆矢とするとされているが、そのことは、本来大衆という読者を受け手としていない、すなわち刊行されることを意図していなかったはずの〈私的〉テクストが、公にされ得るという事態の出現を告げる出来事であったといえるだろう。
 今発表の目的は、一九〇二年版『透谷全集』を歴史的な場にいったん引き戻し、「透谷子漫録摘集」載録の意味を考察すると同時に、逆に『透谷全集』―特に「透谷子漫録摘集」が放射する磁場の圏域に吸引されて行く言説の配置を照射することである。

三浦卓「〈手紙〉としてのもうひとつの「物語」―川端康成「波千鳥」の〈手紙〉」
 『千羽鶴』(昭24・5?昭26・10)の続編として書かれた『波千鳥』(昭28・4?昭28・12)の「旅の離別」の章は、その大部分が書簡体によって構成されている。この書簡は『千羽鶴』以来視点人物であり続ける主人公菊治が「一年半近く前」に受け取ったものを読み返す過程としてテクスト上に表れたものであるが、その過程として6通もの〈手紙〉が引用されることにより、結果的に菊治とは別の人物の視点から「物語」が語られている。それは、時には『千羽鶴』を補足するものであり、時には読み換えを迫るものであり、その意味でこの〈手紙〉はテクスト空間を変容させ拡大させる可能性を孕みこんでいるといえるだろう。
 また、この〈手紙〉は「出さないでせうと思ひます。」と記されながらも菊治の手元に届き、しかも「一年半近く前」に届いたものが再読され、その後燃やされる。〈手紙〉の所有の問題(出す/出さないも含めて)、信書の秘密という前提(しかし読者には開示される)、物質としての〈手紙〉など、『波千鳥』には「挿入体書簡体」(中村三春)の小説においての〈手紙〉をめぐるさまざまな問題点が含まれているのである。
 今回のシンポジウムでは『波千鳥』を〈手紙〉を中心として分析することにより、〈文学的〉言説空間における〈手紙〉について考察し議論するための端緒を開ければ幸いである。

天野知幸「〈手紙〉はどこに届いたか―鴻上尚史「スナフキンの手紙」」
 第三九回岸田國士戯曲賞を受賞した鴻上尚史の「スナフキンの手紙」(94年初演)を取り上げ、現代的な〈手紙〉の表象とコミュニケーションの問題について論じ、「〈手紙〉という物語」を考える一つの視座を提出したい。
 「スナフキンの手紙」は、72年の連合赤軍事件以降、武器を手にした国民が無数の地下組織に分かれて日本政府軍と闘う、もう一つの「日本」の90年代を舞台とした戯曲である。いわば架空の世界が舞台ではあるが、ミクロな闘争が描かれたり、地下組織が「帰国子女戦線」、「おたく主義者同盟」といった細分化された集団によって表象されるなど、荒唐無稽でありながらオタク文化の繁栄や社会の閉塞性に象徴される90年代的状況を見事に反映している。
 この作品において〈手紙〉は、アイドルからのビデオメールといった、ある共同体において大きな意味を持ちうるメッセージや、パソコン通信という限定的な通信など、閉じられた領域内のコミュニケーション手段として登場する。その一方で、それらが限りなく複製され転載されることで、分断化された共同体を貫き、その統一性や相互の関係性を揺るがす様子も描かれている。なお、こうした〈手紙〉は、複製、転載されうることや、宛先や発信元も変更可能であることから、私書が本来有していた固有性や秘匿性といった性質を少なからず失っているだろう。発信者、受信者の関係性や両者の意識も、郵便による〈手紙〉とは大きな差が存在するはずだ。
 発表では、通信手段の変化によって生じる関係性や意識の変容を、現代戯曲が〈手紙〉を扱うことでいかに描き出しているのかを見てみたい。また、90年代の文化状況およびそこでの閉塞性とその解体の可能性を、〈手紙〉がいかに表象しているのかを考えてみたい。90年代的状況を「郵便的不安」と称した東浩紀が、オタク文化や断片化した社会におけるコミュニケーションの困難とその可能性などを論じるのもほぼ同時期である。こうした同時代的状況やサブカルチャーに関する数々の言説も視野に入れながら、文化史的な視点から論じられればと思う。
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「近代文学合同研究会」は、主に東京近郊の近代日本文学を専攻する大学院生有志が集まって、1995年7月に活動を開始しました。現在、学習院大学、慶應義塾大学、中央大学、立教大学などの大学院生を中心に、四十名程度の会員が参加しています。基本的に自主参加・自主発表を旨とし、月に一度程度の研究発表会や読書会、また年に一回のシンポジウムを中心に、様々な活動を行っています。今後も研究発表・論文批評・読書会の場として、会員の自主的な活動に基づいて活動していきたいと思っています。

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