近代文学合同研究会 第11回シンポジウム開催のお知らせ

テーマ : 高度成長の終焉と一九八〇年代の〈文学〉
日 時 : 二〇一〇年十二月十八日(土)午後一時より
会 場 : 慶應義塾大学三田キャンパス 西校舎515教室
     (会場までのアクセスについてはhttp://www.keio.ac.jp/access.htmlをご参照下さい)

○スケジュール
午後一時?三時  パネリスト(三名)による発表(各40分)

権威化する〈文学賞〉の時代
――筒井康隆「大いなる助走」と1980年前後
                和泉 司
山田詠美と1980年代の小説表現
  ――〈ポスト戦後文学〉論序説
                野中 潤
ロボットと演劇
  ――寺山修司×平田オリザ
                葉名尻竜一
司会 松村 良

三時?三時三〇分  休憩、及び質問用紙記入、提出

三時三〇分?五時三〇分  質疑応答
〈発表要旨〉
権威化する〈文学賞〉の時代――筒井康隆「大いなる助走」と1980年前後 和泉 司

 三度の直木三十五賞落選を経験した後、筒井康隆が一九七七年から『別冊文藝春秋』に連載した「大いなる助走」は、直木賞と想定される文学賞「直廾賞」候補に入った青年が、選考委員への様々な根回しを行ったにも関わらず落選し、選考委員を殺して回るという衝撃的なテクストであった。
 五五年の石原慎太郎「太陽の季節」の登場以降、文芸誌の公募型新人賞受賞を経て芥川賞を受賞する「公募新人賞から芥川賞」という経路が新たに開かれたことは、〈文壇〉が従来の作家間のコネクション的な構成から、「賞」を媒介とした構成へと変化を始めたことを象徴していた。そして、それらの公募新人賞出身者が〈文壇〉で地位を得るために目指すものとして、芥川賞(・直木賞)の地位は強固なものとなっていくのである。
 同時に、「大いなる助走」が書かれ、それが大きく注目を集めたのは、直木賞、そして芥川賞が標的として舞台として大きな存在であったことを示してもいる。高度成長期を経て、日本の〈文壇〉は、この二賞に評価軸を収斂させようとしていたのであろう。
 一方芥川・直木二賞への評価の収斂に対し、新潮社は四大新潮賞(五五年)、三大新潮賞(六九年)を用意したが結局勝ちきれず、八八年、三島由紀夫賞と山本周五郎賞を含め新潮四賞を創設する。また七〇年代からエンターテイメントに特化した角川書店は、角川三賞(七四年)を設け、賞による「集客」を狙うが八〇年代半ばに放棄する。「芥川・直木二賞」の牙城は容易に崩されず、それは現在まで変わっていない。
 「大いなる助走」が直木賞(と芥川賞)の「巨大さ」を戯画化しつつも認めざるを得なかった一九八〇年前後、村上龍や「候補作家」であった村上春樹、田中康夫らが芥川賞に絡んで登場し、また放送作家・劇作家・タレントという「異業種」から向田邦子、つかこうへい、青島幸男らが直木賞から〈文壇〉に入り込む。「賞」が作家認証の重要なキーとなり、その頂点が芥川・直木二賞になったのである。
 芸能人の水嶋ヒロが「作家」転向宣言をした後、「タレント本」ではなくポプラ社小説大賞という「文学賞」受賞を経由するという戦略を見せた時――その選考が果たして公平であるかどうかはともかく――やはり「賞」は作家認証のキーとして機能する。このような「文学賞」の存在の変転を確認していきたい。


山田詠美と1980年代の小説表現――〈ポスト戦後文学〉論序説 野中 潤

二年前に村上春樹に関する論文を二つ書いた。一つは「『ノルウェイの森』と生き残りの罪障感」(宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と一九八〇年代』/おうふう・二○○八年十一月)であり、もう一つは「村上春樹と小説表現の現代―〈近代文学〉解体後のリアル」(『現代文学史研究』第十一集/現代文学史研究所・同十二月)である。前者は「喪失感」というタームで語られがちな「ノルウェイの森」を死者に対する生き残りの罪障感という観点から読み直したもので、後者は小説表現を生み出す土壌の変質を田中康夫の「なんとなく、クリスタル」や庄司薫の「赤頭巾ちゃん気を付けて」などを参照しながら考察したものである。いずれも村上春樹の文学が多くの読者を獲得し続けている理由を探ろうとするモチーフに支えられて書かれているのだが、別個の問題として論じられた「生き残りの罪障感」の問題と「小説表現の現代」という問題は、おそらく同じ根っこから生じた二つの幹である。「高度成長の終焉と一九八〇年代の〈文学〉」というテーマに触発されて私が考えてみたいのは、その二つの幹をつなぐ根っこが何であるのかという問題だ。
ちなみに、「生き残りの罪障感」の問題は、すでに筑摩書房の「ちくまの教科書」(http://www.chikumashobo.co.jp/kyoukasho/)に連載した「定番教材の誕生」で、より大きな枠組みの中に据えて素描した。今回の発表の眼目は、そこで試みた議論を掘り下げつつ、それを小説表現の問題に接続する方途を探ることであるということになる。
エロ漫画家・山田双葉として活躍した時代を経て、芥川賞の受賞を逃して直木賞作家となり、藤田和宣撮影によるヌード写真集を出版し、現在は芥川賞の選考委員をつとめるという来歴の中に、今回のテーマに関わる多くの問題が横たわっている。一九八○年代の〈文学〉をめぐる問題を考察するために準備できることは限られているが、山田詠美という強烈な個性を手がかりにしつつ、「戦後文学」というものを連続と断絶の相において見すえるような、より振幅の大きな問題を提示できればと考えている。


ロボットと演劇――寺山修司×平田オリザ 葉名尻 竜一

 寺山修司と平田オリザをつなぐ数字は、一九八三年である。
「寺山さんが死んで十年になるという。私は寺山さんのことをよく知らないのだが、寺山さんの死はよく覚えている。寺山さんが亡くなった一九八三年五月に私は劇団を始めたからだ。私の劇団『青年団』は今年で十周年で、だから今年は寺山さんの死後十年。この関係はこれからもずっと続いていく。」
 これは、『ユリイカ』臨時増刊「総特集 寺山修司」(一九九三)に寄せられた平田オリザのエッセイの冒頭だ。
 しかし、二人とも、個人史的には八〇年代に活躍した演劇人とは言えない。
 寺山が、演劇実験室「天井桟敷」を設立したのは一九六七年。その二年後、渋谷に地下小劇場・天井桟敷館をオープンし、演劇「邪宗門」でベオグラード国際演劇祭のグランプリを受賞したのは一九七一年である。
 一方、平田オリザが、演劇「東京ノート」で岸田國士戯曲賞を受賞したのは一九九五年。現代口語演劇の先駆と言われる作品「ソウル市民」の初演が一九八九年で、ぎりぎり八〇年代最後の年に引っかかるくらいだ。
 寺山は六〇年代後半から七〇年代を駆け抜け、平田は九〇年代から現在にかけて先鋭的な仕事をしている。
 演劇スタイルに於いても、また、思想的な影響においても、その関係性は希薄であるが、機械や人形やロボットといった〈内面〉の無いものへの指向性は共通する。
 寺山は、「肉体の個々に内面がある」と信じられてきたヒューマニズムが、乗り越えられつつあった(『臓器交換序説』)と書き、平田は、よく、内面の探求が伴わない演技を、「上辺だけの演技」と呼ぶけれど、誤解を恐れずに言えば、上辺だけの演技でもまったくかまわない(『演技と演出』)と述べる。
 八〇年代を飛び越えて二人の間を貫く、この指向性を比較し、内容的な変化を記述することで、八〇年代が何のターニングポイントになったのかを考えてみたい。

「高度成長の終焉」と「1980年代」――司会の言葉
 松村 良 

 昨年度のシンポジウム「高度成長と文学」に引き続き、「高度成長の終焉」をテーマとして扱うのは、二〇一〇年の「今」を生きるわれわれにとって、一九七〇年代から八〇年代を検証し再検討することが、避けて通れない状況になりつつあるからである。
 一九九〇年代初頭の「バブル崩壊」以後が「第二の戦後」だとすると、その後の日本は戦後復興に何度も失敗し、ジリ貧の状態である。現代の若者にとって、かつての「景気のよい日本」の姿は、一種のファンタジーにすらなっている。
 だが一九七一年のニクソン・ショックによる変動相場制への移行と円高、一九七三年のオイルショック以後の狂乱物価と省エネの流行、一九七六年のロッキード事件による田中角栄前首相の逮捕など、「高度成長の終焉」においても、現在と同じく政治・経済・環境問題が山積し、そこに校内暴力やいじめといった学校問題が、一九八〇年代から表面化するようになった。そこから八〇年代末のバブル景気までのあいだ、それらの問題はどのように「解決」「処理」されたのか、あるいは「先送り」になったのかを、われわれは検証し、そこから引き出される結論が「今」に役立つかを再検討しなければならない。
 そして「文学」は、そのことと無縁ではありえない。三島由紀夫と川端康成の死後、文壇は空虚となり、「内向の世代」以後、近代日本文学史をグループで語るやり方も廃れた。文学研究の新たな方法論が提唱され、ポストモダンが叫ばれた。そのことが「今」とどのようにつながっているか、何が問題なのか、考えるべきことは無数にある。
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ご紹介

近代文学合同研究会

「近代文学合同研究会」は、主に東京近郊の近代日本文学を専攻する大学院生有志が集まって、1995年7月に活動を開始しました。現在、学習院大学、慶應義塾大学、中央大学、立教大学などの大学院生を中心に、四十名程度の会員が参加しています。基本的に自主参加・自主発表を旨とし、月に一度程度の研究発表会や読書会、また年に一回のシンポジウムを中心に、様々な活動を行っています。今後も研究発表・論文批評・読書会の場として、会員の自主的な活動に基づいて活動していきたいと思っています。

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