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「近代文学合同研究会論集第2号 〈手紙〉としての「物語」」

【目次】
 〈文学〉化されゆく〈手紙〉
  ?メディア言説に見る〈手紙〉認識の布置(黒田俊太郎)
 「構造物」としての〈遺書〉?夏目漱石『心』試論?(松村良)
 芥川作品と献辞
  ?『窓』『子供の病気』『梅花に対する感情』その他?(五島慶一)
 〈手紙〉というオブセッション
  ?葉山嘉樹の〈手紙〉表現をめぐる一考察?(副田賢二)
 投函された「出すつもりのない」〈手紙〉
  ?川端康成『波千鳥』の〈手紙〉をめぐって?(三浦卓)
【研究ノート】
 『ねじまき鳥クロニクル』における手紙
  ?あるいは、「僕」の立っている場所(三浦昌子)
 作者への手紙/作者からの〈手紙〉
  ?手塚治虫「ブラック・ジャック」におけるメタ=フィクション?(五島慶一)

 *論集は、シンポジウム、各種学会、通信販売などで頒布しています。
 *通信販売については、こちらをご覧下さい。
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第6回シンポジウム「〈講談社〉ネットワークと読者」

第6回シンポジウム「〈講談社〉ネットワークと読者」

五島慶一「戦時「新体制」下の『少年倶楽部』と読者たち」
松村良「戦後の『少年クラブ』のゆくえ」
守屋貴嗣「舞城王太郎とライトノベルを巡る考察」

司会:三浦卓


○内容紹介
 講談社は、明治末期から大正、昭和、平成と日本の代表的出版社として君臨してきました。戦前から戦後にかけての『キング』を代表とする雑誌メディアは、それを手にした読者のあいだに「国民的公共性」(佐藤卓己)をもたらす〈講談社〉ネットワークを張り巡らしました。近年、メディア研究の対象として注目されるようになり、それと同時に文学研究においても、従来の文学史からは見過ごされていた領域が焦点化されつつあります。
 今回のシンポジウムでは、戦前の『少年倶楽部』、戦後の『少年クラブ』、そして現代のライトノベルを取り上げて、講談社が少年少女読者のあいだにどのような情動的共同性とでもいうべきネットワークを生成し、また、読者たちはいかにそれを消費していったかを、見届けたいと思います。

○発表要旨
五島慶一「戦時「新体制」下の『少年倶楽部』と読者たち」
 昭和十六(一九四一)・十七(四二)年発行の『少年倶楽部』を材料に、誌上に見られる様々なレヴェルの言説(小説・記事・広告から読者投稿まで)分析を通じ、同時期講談社がどのように対象読者を設定(規定)し、またそれに対しいかなる働きかけを行っていたのか、更にはその結果として、そこにいかなるコミュニティーが成立していたのか(何かが成立していたことは確かだ。呼称の妥当性については改めて検討を要す)を明らかにしたい。なぜこの二年間か。最大の理由はこのほぼ中間に、真珠湾攻撃による日米開戦が位置する、つまり既にその渦中にあった戦時体制とそれを取り巻く言説空間が最終段階を迎えたちょうどその前後であるためだが、そうした事後的な意味づけと共に、同時代の視点から見た場合でも、例えば前・昭和十五(一九四〇)年の紀元二千六百年(同誌翌十六年新年号は、十一月十・十一日に行われた式典の模様を巻頭グラビア記事で伝える)や、十六年度からの小学校の国民学校化などを契機として、「新体制」の名の下に国策追従(時に先導)的な誌面づくりがより一層加速する時期と考えられるためだ。
 誌面分析の核として、赤川武助「僕の戦場日記」(昭和十六年二月?九月(原題「私の戦場日記」)。後、同年十月に講談社より刊行)及び、須川邦彦「無人島に生きる十六人」(昭和十六年十月?昭和十七年十月。昭和十八年六月、「少国民の日本文庫」の一冊として講談社より刊行)の二作の連載小説を据える。というのは、ここに挙げた二人の作者は、共にこれらの作品を理由として(後に)野間文芸奨励賞(その詳細については、本研究会発行の論集第一号を参照)を与えられており、その点で言わば講談社公認の作者(作品)であるからだ。太平洋戦争前夜から直後にかけて、「大東亜」幻想が未だ有効な説得力をもっていた(?)時期に講談社が、特に少年に向けてどのような「宣伝」を行なっていたのかを考えたい。

松村良「戦後の『少年クラブ』のゆくえ」
 『少年倶楽部』は、大正三年(一九一四)十一月に創刊された大日本雄弁会講談社の少年雑誌であり、「昭和の前期には、発行部数、内容ともに類誌を抜いて、断然トップといわれるようになった」(尾崎秀樹『思い出の少年倶楽部時代―なつかしの名作博覧会』講談社、一九九七年六月所収の座談会における尾崎秀樹の発言)が、戦後になって昭和二十一年(一九四六)四月より『少年クラブ』と名前を変え、編集メンバーも一新して再出発することになった。戦前の『少年倶楽部』では「理想小説的な、感動とか正義とか友情とか、魂に訴える強烈なもの」が「原稿の審査」において求められていた(前出座談会における丸尾文六の発言)が、戦後の『少年クラブ』ではどうだったのかを検証してみたい。
 佐藤忠男「少年の理想主義」(『思想の科学』一九五九年三月号)によれば、戦後の『少年クラブ』は「いったん少年向きの民主主義的な教養雑誌として再発足し、阿部知二の連載小説などをのせたが、以後、興味本位の娯楽雑誌との中間を行くようになり、漫画「月光仮面」などを発表している。しかし、その後むしろ競争誌の『少年』(光文社刊)に抑えられ、それとてもテレビやラジオ、映画など、他のメディアの圧倒的な力の前には小さく、ついに廃刊になった」という。確かに昭和二十一年四月号には、「民主主義の国アメリカの少年」(坂西志保)のような文章が載っており、占領軍を意識した「民主主義的な教養雑誌」的傾向があるのだが、昭和二十五年(一九五〇)頃から次第に戦前の『少年倶楽部』へと近付いていく。これは昭和二十六年(一九五一)九月のサンフランシスコ講和条約により、日本がアメリカの占領下でなくなることにより、日本人としての自覚を少年達に与えようとする方向性が編集部に生じたのではないだろうか。この時期に連載された山岡荘八「この鐘を打て」(昭和二十六年一?十二月号)などをもとに考えてみたい。

守屋貴嗣「舞城王太郎とライトノベルを巡る考察」
 「ライトノベル」という語をよく耳にするようになった。『ライトノベル完全読本』(日経BP社、二〇〇四・八)とのムック本や、「ライトノベル読者はバカなのか?」(「ダ・ヴィンチ」二〇〇五・九)との特集にも見られるように、完全に市民権を得た語と判断できる。では実際に何を指して「ライトノベル」というのか。
 「朝日ソノラマ文庫」「集英社コバルト文庫」「MF文庫J」「ハヤカワ文庫JA」「C★NOVELS FANTASIA」「徳間デュアル文庫」「角川スニーカー文庫」「角川ルビー文庫」「富士見ファンタジア文庫」「富士見ミステリー文庫」「電撃文庫」「ファミ通文庫」などで出版された作品を「ライトノベル」という(勿論「ソノラマ」「コバルト」創刊時には「ライトノベル」という語は無かったが)。つまり各出版社とも「ライトノベル」を出版するための文庫を持っているのである。角川書店、富士見書房、メディアワークス、エンターブレインは角川グループであり、「ライトノベルとは角川書店の商品」と言われる所以である。これらの作品には当然いくつかの共通項がある。幅広い年齢層を対象としたエンターテインメント小説である、口語表現で書かれている、表紙・挿絵などイラストを多用している、小説外のメディアの影響が顕著である、などが挙げられる。また、「ライトノベル」とは、それ自体が一つのジャンルなのではなく、様々な既存のジャンルが内包されている、と捉えるほうがよいであろう。各書店の売上ベストテンにも必ずこれら文庫は登場する。昨年度の新刊発行点数は千点を超し、年間市場規模は二百六十五億円とされる(「出版月報」二〇〇五・五)。出版業の低迷が言われる中、この「売れる」商品を講談社は、ミステリの代名詞としてブランド度の高い「講談社ノベルス」で出版した。そのため、「講談社ノベルス」のライトノベル作品はミステリ要素が強い。代表作家は清涼院流水、西尾維新、舞城王太郎である。彼らは「メフィスト賞」受賞者であり、受賞条件通り、受賞作品を講談社ノベルスから刊行した。
 清涼院、西尾の二人はライトノベルを書き続けているが、舞城が書く作品は、ライトノベルと見做されなくなっている。それは発表誌が「群像」や「新潮」であるように、出版社側の売り出し方の問題、そして舞城作品の質の問題であろう。
 舞城を含め、ライトノベルを「文学」に登録することで、ライトノベルの富を奪っている感もあるが、一部のライトノベルが「文学的」に評価されることが、「文学」の衰退をもたらしている、との否定的評価も当然ある。
 舞城王太郎の作品を見ていくことで、ライトノベルの現状をめぐる言説、「文学」をめぐる言説を問うてみたい。

「近代文学合同研究会論集第1号 新人賞・可視化される〈作家権〉」

※2005年10月初版発行、12月改訂再発行

【目次】
 新人賞の力学
  ?一つのノート(葉名尻竜一)
 〈作家権〉の構造
  ? 昭和十年代の『文芸春秋』と新人賞をめぐって(副田賢二)
 芥川・直木賞創設と菊池寛の虚無感(ニヒリズム)
  ?評論・随筆等に見る菊池後期の〈文学〉観?(西山康一)
 武者小路実篤の〈真人〉時代について(古賀康人)
 芥川賞の反響
  ?石川達三「蒼氓」の周辺?(原卓史) 
 宛て名指された川端康成
  ?檀一雄の「夕張胡亭塾景観」「美しき魂の告白」と太宰治の「海」
  (大國眞希)
 呼び寄せられた作家「池谷信三郎」
  ?池谷信三郎賞設立にみる昭和十年前後の「文学」状況?(西川貴子)
 講談社的〈作家権〉ビジネスの一様相
  ?野間文芸奨励賞とその周辺?(五島慶一)
 石原慎太郎「太陽の季節」と〈作家権〉(松村良)
 三島由紀夫〈伝説〉と芥川賞の行方(杉山欣也)

 *論集は、シンポジウム、各種学会、通信販売などで頒布しています。
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ご紹介

近代文学合同研究会

「近代文学合同研究会」は、主に東京近郊の近代日本文学を専攻する大学院生有志が集まって、1995年7月に活動を開始しました。現在、学習院大学、慶應義塾大学、中央大学、立教大学などの大学院生を中心に、四十名程度の会員が参加しています。基本的に自主参加・自主発表を旨とし、月に一度程度の研究発表会や読書会、また年に一回のシンポジウムを中心に、様々な活動を行っています。今後も研究発表・論文批評・読書会の場として、会員の自主的な活動に基づいて活動していきたいと思っています。

「近代文学合同研究会」では、会員、各イベントの参加者を募集しています。近代日本文学の研究に携わっておられる方であれば、どなたでもご参加頂けます。
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