近代文学合同研究会 第11回シンポジウム開催のお知らせ

テーマ : 高度成長の終焉と一九八〇年代の〈文学〉
日 時 : 二〇一〇年十二月十八日(土)午後一時より
会 場 : 慶應義塾大学三田キャンパス 西校舎515教室
     (会場までのアクセスについてはhttp://www.keio.ac.jp/access.htmlをご参照下さい)

○スケジュール
午後一時?三時  パネリスト(三名)による発表(各40分)

権威化する〈文学賞〉の時代
――筒井康隆「大いなる助走」と1980年前後
                和泉 司
山田詠美と1980年代の小説表現
  ――〈ポスト戦後文学〉論序説
                野中 潤
ロボットと演劇
  ――寺山修司×平田オリザ
                葉名尻竜一
司会 松村 良

三時?三時三〇分  休憩、及び質問用紙記入、提出

三時三〇分?五時三〇分  質疑応答

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近代文学合同研究会 第10回シンポジウム開催のお知らせ

テーマ :  高度成長と文学
日 時 : 二〇〇九年十二月十九日(土)午後一時より
会 場 : 慶應義塾大学三田キャンパス 第一校舎三階 一三四教室

(会場までのアクセスについてはhttp://www.keio.ac.jp/access.htmlを
ご参照下さい)

○スケジュール
午後一時?三時  パネリスト(三名)による発表

豊かさの証明――松本清張「拐帯行」から高度成長期の暗部を探る試み
                                     大塩竜也

「団地」をめぐる言説――大岡昇平『遥かなる団地』を中心に
                                     鈴木貴宇

「終末」の書き方――大江健三郎『洪水はわが魂に及び』
                                     服部訓和

三時?三時三〇分  休憩、及び質問用紙記入、提出

三時三〇分?五時三〇分  質疑応答

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近代文学合同研究会 第9回シンポジウム開催のお知らせ

テーマ :  批評のスタイル/創作のスタイル
日 時 : 二〇〇八年十二月二十日(土)午後一時より
会 場 : 慶應義塾大学三田キャンパス第一校舎一三二教室
(会場までのアクセスについてはhttp://www.keio.ac.jp/access.htmlをご参照下さい)

○スケジュール
午後一時?三時一〇分  パネリスト(三名)による発表

石橋忍月初期作品における〈批評〉の水脈
―『一喜一憂捨小舟』『お八重』『露子姫』を中心に―  富塚 昌輝

「純粋」さを追うことと「純粋」に失うこと            疋田 雅昭

創作/批評の言語行為論                  山本 亮介

司会 柴 市郎

三時一〇分?三時四〇分  休憩、及び質問アンケート用紙記入、提出

三時四〇分?六時頃まで  会場参加者を含めての共同討議


○司会のことば(柴 市郎)

逍遥・四迷、鴎外・漱石など、日本の文学において節目をなす作家たちはその多くが批評家でもあったという自明の事実は、創作が批評を内在させ、かつ批評が創作を内在させてきたことを物語っている。このような視点からは、こんにち一般的に見られるような作家と批評家の分業制こそ、文学史のなかではかえって例外的な事態であるとも言える。

シンポジウムの表題にある「スタイル」という語は、もちろん狭義の文体という意味にとらわれることなく、文学・芸術のさまざまなジャンルを横断しつつ思考することを可能にする問題設定である。今回のシンポジウムではどのような論点であれ、可視化されにくい批評と創作(小説に限らず)がもつれあう動態へどのように切り込んでゆくことができるかがひとつの鍵を握っているだろう。それは、表題にあって「批評」と「創作」の間に置かれている「/」が、どれだけのヴァリエーションをもって読みかえられ得るかということとも関わっている。だから、司会者のつとめは「/」についての共通理解を引き出すことではなく、「/」をめぐる錯綜にきちんと向き合うことから始まるのだと考えている。

○発表要旨

 「» Read More...」をクリックしてください。

〈お知らせ〉
二〇〇八年十二月に『近代文学合同研究会論集第5号 想像力がつくる〈戦争〉/〈戦争〉がつくる想像力』が発行されました。定価一〇〇〇円です。

【目次】
〈軍国の少年〉の過去・現在・未来―『少年倶楽部』と満州事変― 松村 良
直木三十五の〈戦争未来記〉―自称「フアシスト」の戦争文学(1) 杉山欣也
「従軍」言説と〈戦争〉の身体
―「支那事変」から太平洋戦争開戦時までの言説を中心に    副田賢二
〈皇民文学〉と〈戦争〉―王昶雄「奔流」ノート―            和泉 司
「陶酔の境」への想像力―井伏鱒二「遙拝隊長」について     大原祐治
「となり町戦争」論ノート―豊かで偏頗な「僕」の想像力       五島慶一

第9回シンポジウム会場で販売しております。(合同研究会の二〇〇八年度会費を払っている方には無料で進呈します)

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第8回シンポジウム「想像力がつくる〈戦争〉/〈戦争〉がつくる想像力」

想像力がつくる〈戦争〉/ 〈戦争〉がつくる想像力

副田賢二「「従軍」言説と〈戦争〉の身体――「支那事変」以降の戦時下言説を中心に」
和泉司「日本統治台湾文壇にとっての〈戦争〉―― 文芸誌『台湾文学』における〈台湾化〉と〈皇民化〉――」
杉山欣也「〈戦争〉未来記/シミュレーション小説の講談社的文脈」

司会:葉名尻 竜一・松村 良

第7回シンポジウム「展示される文学―人・モノ・記憶―」

「展示される文学―人・モノ・記憶―」


原卓史「日本近代文学館の誕生」
日高佳紀「〈文学碑〉を考える―関西における谷崎文学碑の場合―(仮題)」
高島健一郎「付加〈商品価値〉としての顔と筆跡(仮題)」

司会:天野 知幸・五島  慶一


○司会の言葉
 「文学を(が)展示する(される)」ということはいかなることなのか。
 一回的なものとしての作家展や、永続的なものとしての文学館などが、開催・開設され続けている。その主催者たちは、一体そこに何を表現しようとしているのか。その場に足を運ぶ人々は、一体何を求めているのか。表面的には様々であろうその動機を、根柢で支えている〈共同幻想〉が仮にあるとすれば、それは何であるのか。ここで改めて考えてみることは、決して無駄ではないだろう。
 今回は、会員外の方も含めた三人のパネリストに、文学館や文学碑、或いは肖像・手蹟等によって呈示される作家のイメージといったところまで含めて、幅広い問題提起をお願いした。会場の参加者と共に、広く文学と展示に纏わるダイナミズム力学の諸相を考えてゆけたらと思っている。多くの参加者の積極的な発言を、切に希望するものである。

○発表要旨
島健一郎「付加〈商品価値〉としての顔と筆跡 ―全集「附録」の役割と影響―」
 「近代文学全集」に類するいづれの全集を見ても、そこには共通の特徴が見られる。それは、巻頭に収録作家の顔(あるいは、全身)写真が掲載され、巻末には略年譜が付されているという点である。中には―特に最近のものになるに従って、か?―、直筆原稿やその作家の愛用品など、さらには年譜をアルバム仕立てにしたものまで見られる。
 ここで疑問となるのは、それらの写真・年譜が何のために必要とされているのか、という点であろう。もちろん、これが「古典文学全集」であれば、さらに時代が古ければ古いほど、図版・年譜(年表)は必要となってくる。その時代の一般的な生活様式や著者の置かれた環境などが分からなければ、作品そのものが読めなくなるからである。
これを現在から見た近代、特に明治期に当てはめて考えれば、それは同様だとも言える。しかし、「近代文学全集」の魁とされる「円本」に当てはめようとすると、事情は変わってくる。改造社版『現代日本文学全集』の刊行が大正15年の12月、それに続く春陽堂版『明治大正(昭和)文学全集』が翌昭和2年の6月。改造社版が言うように、まさに「現代」であり、同時代を生きる(生きていた)作家の作品である。となれば、そこに付された写真・図版・年譜などの「附録」が果たす機能は、古典文学のそれとは同じではない。
 そこで、今回の発表では、同時代の作家における写真・年譜などが、「全集」に収録された際に担った役割とは何であったのか、この問題を2つの観点から検討していきたい。1つは、出版社が期待したものは何であったのか、という作り手側の問題である。自分はこれまで、「円本」に関する出版社の販売戦略という問題を中心に考察してきた。ここでも、それらの「附録」が「全集」としての価値を高めようとする営為の中で、いかにその価値が見出され活用されていったのか、という形で検証してみたい。
 また、もう1つの視点は、読者(ここでは作家自身も含む)はどのようにそれらの「附録」を享受したのか、ということである。言い換えれば、それらの「附録」にどのような価値を見出し、作品読解の上でどのように活用したのか、ということになる。
これらの問題を、当時の出版・読書情況や、その後の文学全集、あるいは文学研究への影響とも関連づけながら、考察してみたい。

日高佳紀「〈文学碑〉を考える ―関西における谷崎文学碑の場合―」
 万葉集歌碑や芭蕉句碑といった古くからある石碑ではなく、近代文学の作家・作品を顕彰する目的で立てられた狭義の〈文学碑〉は、戦後間もない時期に作られたのが始まりとされている。それらが建立された際の経緯に、地域共同体と交通・観光などの産業資本とが相乗りした、文学の消費形態が認められることは言うまでもないだろう。
 注目したいのは、生誕地や旧居を示すものや墓碑等といった作家と直接的な関わりを持つ場所に建てられたものではなく、文学作品の舞台に建てられた、いわゆる「創作文学碑」である。作品に描かれた土地を訪ねる際、書物の言表イメージから想起された物語空間と、その場所で知覚する風景等のイメージの間でせめぎ合いが起こることは避けられない。そうした受け手側の認識において、文学碑はどのような位置を占めることになるのだろうか。
 今回の報告では、関西に建立された谷崎潤一郎関連の文学碑の中から、以下の創作文学碑を取り上げる。
・京都府八幡市・石清水八幡宮展望台の『蘆刈』文学碑(1986.7建立)
・兵庫県芦屋市・東芦屋町開森橋東詰ポケットパーク内の『細雪』碑(1986.4
建立)
・大阪市中央区道修町・少彦名神社参道入口の『春琴抄』の碑(2000.12建立)
 特に谷崎の作品を取り上げることにしたのは、実生活および創作において、関西の土地と極めて有機的なつながりをもった作家だからである。むろん、ここで取り上げる文学碑はそれぞれ個別の地域共同体による実践例である。したがって、単純な一般化を避けて、まずは個々の事例に即しながら文学碑を取り巻く事象を追ってみたい。その上で、観光学(ツーリズム)の切り口等を援用しつつ、文学碑そのものの形態、その立地の特質、さらには碑文に刻まれたテクストの分析などを通して、都市空間における視線(まなざし)の政治性と、「文学体験」がフィクショナルなかたちで構築される状況について考えてみたい。

原卓史「日本近代文学館の誕生」
 日本近代文学の関係資料の散逸が危惧されるようになった昭和三十年代、文学館設立の機運が高まっていった。高見順、伊藤整、小田切進らが活動の中心となり、多くの作家・評論家・研究者が賛同し、さらには政界や財界を巻き込み、日本近代文学館が設立されることになる。その目的は、資料の収集・保存、利用者への展示・閲覧であった。一方、利用者も蔵書の寄託・寄贈を通して文学館に関わっていく。本発表では、作家、評論家、政治家、経済人など、様々な立場の人々が「文学」に関わる欲望を交錯させる場として日本近代文学館をとらえ、人と「文学」、人と文学館の関わりについて考察していきたい。

ご紹介

近代文学合同研究会

「近代文学合同研究会」は、主に東京近郊の近代日本文学を専攻する大学院生有志が集まって、1995年7月に活動を開始しました。現在、学習院大学、慶應義塾大学、中央大学、立教大学などの大学院生を中心に、四十名程度の会員が参加しています。基本的に自主参加・自主発表を旨とし、月に一度程度の研究発表会や読書会、また年に一回のシンポジウムを中心に、様々な活動を行っています。今後も研究発表・論文批評・読書会の場として、会員の自主的な活動に基づいて活動していきたいと思っています。

「近代文学合同研究会」では、会員、各イベントの参加者を募集しています。近代日本文学の研究に携わっておられる方であれば、どなたでもご参加頂けます。
メールはこちらからお送りください。

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